« IMONカプラー・密着自連 | トップページ | 紙で凸電を作る(その1) »

2012年10月25日 (木)

井笠鉄道の終焉。

軽便鉄道が廃止になった後もバス会社として活動し続けてきた井笠鉄道
その倒産の報は、この秋最大の衝撃の出来事ではなかろうか。
軽便の現役時代には間に合わなかったものの、その残滓を撮ってきた写真で、消えゆく井笠鉄道に思いを馳せてみた。

下津井電鉄下津井駅に保存されてるホジ3。元は茶屋町~児島廃止時の撤去作業用として購入された。
保存されている井笠の気動車の中では、一番状態がいい車輌。
非力で撤去作業の使い物にはならなかったと言われていたが、ホジ1形3輌あった中でエンジンの調子が一番悪かった車輌を送り出していたとの事で、使えなくても仕方のない話。
富士重製のホジ1形は、井笠社内では日車製のホジ100形より評判が悪かったという。しかも、その中で一番状態の良くない車輌を送り出すとは、何とも意地の悪い話に思える。
譲渡交渉に来た某鉄道会社の物腰が気に入らない、と、わざわざ状態の悪いエンジンに積み替えてから送り出した話をP誌で見た事があったので、そこから考えると、下津井と井笠は仲が悪かったかと思わせられるのだが、実際どうなんだろう?
さて、最初の画像は89年の撮影で、この時はまだ屋外展示。
そして次の画像が翌90年の撮影で、この1年の間に展示場所が屋根の下へ移されていた。
Ikasa009Ikasa010

矢掛支線の終点・矢掛駅。
鉄道が廃止になりバスターミナルとなっても『矢掛駅』のままなのが、駅舎の玄関先に2台並ぶバスの左手に見える駅名票で判る。
画像のバスは2台とも、現在バス車体製造を取りやめた新潟の北村製作所製の車体を装架している。
Ikasa002

駅舎の裏手に回り込むと、鉄道時代の面影が。
この時、駅舎の中に入ってみなかったのが、今となっては惜しまれる。
Ikasa003Ikasa001Ikasa004

その矢掛駅から伸びる廃線痕。
バスターミナル周辺と合わせて、多分今もあまり変わりない風景と思われるが、今後どうなるか……。
Ikasa005

矢掛駅構内にいたバス達。先ずは、いすゞ/富士重の新旧2態。
この落ち着いた、それでいて手の込んだ塗装も、過去の物となってしまう。
モノコック構造の車体のバスもまた過去のものとなってしまったが、この当時は、富士重がバス製造そのものから撤退する事になり『富士重のバス』そのものが過去のものになるとは思いもしなかった。
Ikasa006Ikasa007

地方の閑散路線バスとしては定番だった、日野レインボー。
日野のウイングマークのエンブレムもまた、過去のものになってしまった。
Ikasa008

この時、定番の新山駅鉄道記念館にも訪ねていたが、館長(元は駅長)さんと同行者で全員で撮った記念写真が残っているのみなので、残念ながら割愛する事に。
今回UPした画像は、年に1回、大型免許を所持する友人が音頭取りしてレンタカーでマイクロバスを借りて“撮り鉄”旅行をしていた頃に撮影したもので、その当時に、このような形で井笠や下津井を訪ねて撮ったもの。
新山駅での記念写真もそのメンバーで撮ったもので、久しぶりに見ると、世帯を構えた者や娘が結婚する者、そして惜しくも故人となってしまった者もいたりして、自身の見た目の変貌以上に、22年の時の隔たりを感じる。

« IMONカプラー・密着自連 | トップページ | 紙で凸電を作る(その1) »

実物の話題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« IMONカプラー・密着自連 | トップページ | 紙で凸電を作る(その1) »

ブログバーツ

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

リンク集

  • GO!! GO!! HERAYAGARA!!!!
    当ブログの本館です。 更新はほとんど止まってますが、当ブログ以前のネタのなんぼかはこっちに置いていますので、気が向きましたらどうぞ。
無料ブログはココログ