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2008年4月の記事

2008年4月29日 (火)

銚子・デキ3 その3

名鉄・デキ1と同じ日に集電装置を買ってきたので、乗せられるように作業をする。
買ってきたのは、工房汽笛のZパンタ。
フリー仕立てにするからイメージを変える道具としての意味の他、オリジナルのビューゲルが、模型的には好まないのも理由の一つである。
ビューゲルは、進行方向によって傾きが変わる構造なので、模型の場合は止まって進行方向を変える際には、手を伸ばして向きを変えてやらねばならない。
その手間がイヤなら、逆向きそのままで走らせる事になる。
そういう点で、模型的には好まないのである。

固定は、M1.0のネジ穴がベースに開いていてネジも付属だが、今回の取付には長くて具合が悪い。
手持ちに手頃な長さのM1.4のネジがあったので、M1.4でタップを立て直す。
Dsc_3866_ Dsc_3867_乗せてみて「イメージを変える」という目的は達成できたように思える。



さて、この模型用Zパンタに関しては、忘れられない思い出がある。
今を去る事20余年前、今は亡きロコモデル・京都店での或る日の出来事である。
工房汽笛がZパンタを出す遙か以前で、路面電車用の集電装置はポール以外じゃカワイのビューゲルしかなかった当時の事だった。

確か、その日は平日だったはずで、時間は多分、午後の3時か4時頃の事だった。
店に入ると、エンドウがパンタを入れているケースに、模型用のZパンタが収まって山積みになっていたのである。
京都店限定で、ホントにZパンタを載せた京都市電・2000形の特製完成品・デラックス仕様が存在する事は知っていたので、京都店ではZパンタを作れる職人を抱えているであろう事は判っていた。
単品売り用と思えるケースに入って置かれているので、私が「これ、売り物?」と指さして尋ねると、一言「¥7,500-!」との答えが。
その値段には驚いた。
当時、PS-16パンタがプレス成型品で¥300-、今時の繊細な作りのものでも¥800-だった時代に、その10~20倍の値段である。
「マジ?!」と唖然としているところへ、1人のお客が。
スーツでピシッと決めた身なりをしている。
「頼んでた物、取りに来ました」というような事を言ったと思う。
言われて店主がZパンタをおもむろに掴んで、全て袋詰めしてお客に渡した。
渡されたお客はサイフから大量の万札をビラッと取り出し、会計を済ませると店から去って行った。
その衝撃の光景をただ呆然と見つめる、当時貧乏学生の私。

Dsc_3868_その一連の出来事と値段が忘れられないので、初めて工房汽笛のZパンタを見た時は、逆の衝撃を受けた。
「たった¥2,600-で市販されている~!!」と。
これはこれで、我が目を疑い何度も値段を見直した記憶がある。
多分、この時の出来事は、死ぬまで事ある毎に話す事であろうなぁ。

2008年4月27日 (日)

名鉄・デキ1 その9

昨日、DD13用のLEDを買いに出た時、B凸の仕上げ用残パーツを仕入れてきた。
このデキ1用には、エンドウ・PS-11とケーディー・№4。
パンタ取付のネジピッチは14x17mmとなっていたので、市販で最も安い製品はエンドウ・PS-11だったので。
初めて自分用に買ったPS-11をよく見ると、普段よく買うPS-13や16とは可動部の構造の違うパンタである事がよく判る。

ケーディーは、モデル8系のキットの定番構造である、カプラーポケット組み込みのために半分カットして削る作業が伴う。
この作業中、ナックル部分のスプリングが飛んで紛失しやすいので、予め外してから作業を始める。

パンタ、カプラーの組み込み完了で、作業はフィニッシュ。
凸電シリーズは肩肘張らない工作、と位置づけているので、窓ガラスの入っていない状態で完成とする事にしている。
Dsc_3860_

エンドウ・DD13 その1

先週行った花月園の運転会にて入手した、懐かしいエンドウ製DD13。
Dsc_3849_ ライトは点くけど走らない、という話で、現地にて早速バラしてみてモータの端子直結で給電するとモータは回った。
パワトラ換装を目論んでいたのが予定変更、オリジナルの動力で行く事とした。
帰宅後、改めてチェックすると走らない原因はあっさり判明。
配線が一部、断線寸前になっていたのである。
Dsc_3855_ Dsc_3856_ 旧来のムギ球ライトのLED更新も考えて、旧来の配線は全て撤去。
とりあえずモータの配線だけ、手持ちの新しい電線にて配線し直す。
連結器も懐かしのベーカー型だったので、手持ちのケーディー互換タイプに交換する。
ネジ穴の位置がそのままでは使えないので、3mm前でM2ネジ穴を開け直す。
Dsc_3859_ LEDは、元の場所に収まるサイズのものを今日仕入れてきたので、明日あたり作業してみる予定。

2008年4月21日 (月)

名鉄・デキ1 その8

Dsc_3847_ 車体の塗装が上がる。
オリジナルはグレーだが、旧作のB凸に倣って濃緑。湘南色のグリーンである。
そして、ライトのレンズを入れた後で気づく。
……しまった。ライトの中をグレーかシルバーに塗ってからハメれば良かった。orz

Dsc_3843_車体を乗せようとすると、鉛ウエイトがつっかえて入らない。




Dsc_3844_内側の床板との固定用梁をモーターツールで削って、入るようにした。
これで、あとはパンタとカプラーを調達できればおっけー。
ただ、パンタネジ穴ピッチがPS-16とは違うから、PS-11あたりを買ってこにゃならんのが、サイフに厳しい。(苦笑

2008年4月13日 (日)

KATO・クハ55 その3

一応、完成。

塗装は、旧作では下地を隠すのに苦心した覚えがないのになぁ、と思いながら翌日2回目の塗り重ね。
Dsc_3764_ 結果、ぽってりした仕上がりに。
白かグレーを下塗りすりゃ良かった、と思いながらも「旧作では……」との思いもぐるぐる頭の中を駆けめぐる。

『お題』の〆切が来週という都合があるので、そのまま仕上げ作業に踏み切る。
屋根と両側面、後妻面の窓ガラスをハメ込む。
前面窓ガラスは、貫通扉と運行窓しか使えないので使う分だけ糸鋸で切り出し、接着剤(Gクリア)で貼り付ける。
Hゴム化した窓2箇所には、一般的な窓セルを裏からハメ込めるサイズにカットして貼付。

Dsc_3779_ 続けて前後の貫通ホロの取り付け。
後妻面の幌枠は、旧国用の手持ち在庫が切れたので、同じKATOのキハ82・前面用を取付用ツメをカットして貼り付ける。
前面は、エンドウのホワイトメタル製を車体のホロ座に貼付。
一晩おいて接着剤が固着したのを確認したら床板をハメ込み、規定位置にインレタのナンバーを転写し完成。

完成記念で、旧作と2輌並べて記念撮影。
う~ん……色合いが違う。前回も今回も、プラだから同じGMカラーを使ったのになぁ(汗
Dsc_3776_Dsc_3771_ Dsc_3773_

2008年4月 6日 (日)

塗装→下回り組立

KATO・クハ55の車体、名鉄・デキ1全部、そして銚子・デキ3の下回り。
クハ55とデキ1の車体は、塗料の回ってない部分があったので、も1回塗り重ねねばならん。orz

B凸・2輌は下回りを組んでみた。
名鉄・デキ1は未塗装状態で試運転済みなので、簡単な話。
Dsc_3759_





問題は銚子・デキ3。
まず、懸案であったモータの動力を伝える軸へのウォームギヤの取付。
バラせるようにしておいた甲斐あって、すんなり片づく。
絶縁車輪からの集電シューからの配線は、これまたややこしい組み方になっている。
付属の電線は硬いので、手持ちの柔らかいものに取り替えて配線する。
配線を車内側へ通してモータを載せようとすると、今回最大の難所に出くわす。
モータに取付済みの平ギヤ。
Dsc_3757_ これのモータ本体との隙間が、モータ取付用のネジの長さより狭いのでネジが入らないのである。
隙間の寸法、治具でキッチリ出さずに目分量で決めてるんちゃうか?
自分の場合は有り難い事にギヤ抜き工具があるので、ギヤを引っ張って隙間を拡げて事なきを得たが、そういう便利な道具を持ってない人はどないせぇっちゅーんじゃ?(`Д´)

で、まぁそんなこんなで、何とかモータの組み付けも完了。
Dsc_3756_ でも、隙間を拡げた分、モータに直接付いている平ギヤと次の平ギヤの位置が厚さ半分くらいズレているので、万力ではさんで平ギヤを元の位置に戻す。
これでもう、モータをバラす事も調整もできない。
なんて設計だ。ふざけるな!
これでもう、ホビーモデルのギヤユニットを自前で組むキットは二度と買わない事に決めた。
いつか直接、店に行って文句言ってやる。ヽ(`Д´)ノ

Dsc_3758_ Dsc_3762_ さて、何とか組み上がって試運転。
一応走った。かなり騒々しい。
ユーザー組立のギヤユニットでは仕方のないところか?

2008年4月 4日 (金)

KATO・クハ55 その2

屋根の加工は、車体のメインの加工同様に半年前に完了している。
グロベンはKATO純正パーツが入手できていたが、屋根足掛け、前照灯は入手できなかったので、エコーのパーツを取り付ける事にする。
取り付けるには屋根足掛け、前照灯の取付用の穴を全て埋める事になる。
エポキシ接着剤を穴に充填し、固着後にカッターナイフで削成してペーパーで仕上げる。
その後、これまたエポキシ接着剤にて各パーツを取り付ける。
Dsc_3744_ Dsc_3746_他の車輌を塗装するタイミングに間に合ったので、車体より一足先に塗装完了している。
ちなみに、純正のグロベンが入手できなかった場合、
屋根にモールドされているベース部分・8個分を削って仕上げする事になっていた。
その作業の手間を考えると実に有り難い話である。

さて、ここで旧作のクハ55をご覧に入れよう。
元・クロハの800番台に仕立て上げたので、ロ室とハ室の仕切りのために撤去されたグロベンの痕を表現する必要がある。
この時の手間が記憶にあるので、今回の作業で一切不要だった有難味が身に染みて判る訳なのである。
前面窓は、特定ナンバー車に仕立て上げるため、助士席側のみHゴム仕様としている。
また、前面通風口がふさがれているので、ガラリのモールドは削り落とした。
塗装後、Hゴム化した方の窓ガラスはオリジナルのものが使えないので、その部分はカットし、普通に窓セルを貼り付けている。
Dsc_3751__2 Dsc_3752__2

2008年4月 1日 (火)

名鉄・デキ1 その7/KATO・クハ55 その1

名鉄・デキ1は、ホワイトメタル部品の取付完了。
また、床板裏面およびモーター・ブラケットの集電シューが接触しそうな場所に、絶縁のためシールを貼る。
旧作の岳南・デキ1も、そのような作業をしたような記憶がある。
でも、その更に前に作った日立B凸では、そんな心配なかったような気もする。(汗
Dsc_3737_ Dsc_3736__2





またそれとは別に、半年前に着手して放置していたKATO・クハ55の作業を再開する。
Dsc_0019 発売されてすぐの頃に1編成購入し、阪和線にいた元クロハの800番台に改造していたのだが、その際に失敗した時の予備に買っていたAssyボディが1セット、長く眠っていた。
ある時、東方在住のM松氏からパーツ状態で余ってる物がある話を聞いていた事を思い出し、窓ガラスの在庫の有無を尋ねてみたところ、有り難い事に“救援物資”として送ってもらえた。
そこから、長く眠っていたAssy車体を車輌として仕立て上げる事とし、作業に着手していたのである。
何しろ、窓ガラスだけは製品オリジナルのはめ込みできる物が確保できないと、話にならないのだから。
で、これまでの作品に準じて関西形に仕立て上げるべく、貫通路の幌枠を取付け、そして前面窓2つをHゴム化する事とする。
この2点の改造だけでも、東鉄形のイメージの製品オリジナルから一気に関西形らしさが出てくるのである。

幌枠は、多分フェニックスのバラキットに入っていたと思われる真鍮プレス製のものを、前面カーブに合わせて加工。
また、幌枠の取付に干渉する部分のシル・ヘッダーを削り落とす。
Hゴム窓枠は、ピノチオのパーツの外周を切り落とし、はめ込むようにする。元の窓枠に乗せるようにすると、窓枠の縁が外板とツラ位置に近い感じになりちょうどいい。
また、その元の窓枠は、そのままではHゴムの窓枠越しに見えてしまうので、縁を薄く削る。
元がAssyなので尾灯はレンズがないので、天賞堂の電車用テールライトを取り付ける。

ここまで進んだ時点で、転居作業のため作業ストップ。
また床板の処理で悩んでいたところもあった。
真鍮床板を使う工作の目処は立っていたが、できる事ならオリジナルの床板で組み合わせたかったためである。
結局、床板もM松氏とS藤氏のおかげでオリジナルの物の入手に成功。
当分、M松氏には頭が上がりません。^^;

Dsc_3734_ さて、この時点で、作業は後は手すり類の取付のみ、という事で、再開して最初の作業は手すり付け。
塗装のノリの都合で旧作でも真鍮線に交換したので、今回も同様に真鍮線の手すりを取付ける。
この他、客扉の窓の形状から言うと、Nゲージ・プラキットの加工では定番の真鍮製客扉へのハメ替え作業をしたいが、そこまで手間をかけずに手軽に済ませる方針で作業をしているので、そこは省略。

Dsc_3741_ この時点で、収納箱の確保を行う。
仕様に合わせたナンバーを決定し、そしていつもの通り、簡単な車歴を併記したラベルを作成して箱に貼り付ける。
ナンバーは「クハ55031」で決定。

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